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a Meteorite mini

ただの日記

ゲームがたどる筋書き

だいぶ前、飲み屋で聞いた話。
今のゲームはプレイヤによって動線が変わってしまうという…。

Oさんがとあるゲームでなかなか進めなかったので、同じゲームをやってる友人に聞いたところ「まったく苦労せずに進めたよ」と言われたそうです。何故かと言うとその友人はすれちがい通信によって経験値や強い助っ人を使える状況にあって、Oさんが詰まったところでは全然苦労せず通れた。逆にOさんが苦労しなかったところで非常に苦労したそうで…。

これは一例なのだけれど、昔のゲームは一本道でしかありませんでした。
誰もが同じように進めて、誰もが同じ壁に苦しむ。そういう受動的なコンテンツだったし、ドラクエに例えて言うなら「今日は誰がどこまで進んだ?」という話題のリソースになり得ることができた。ハードの制約や、かけられるコストが非常に(今に比べて)小さかったので、そういう造りにならざるを得なかったと思います。

今や現代はゲームのCM、スマートフォンのアプリCMがこれでもかというぐらいに流れるようになって…。売上が上がったので、かけられるコストも上がり、プレイ時間もどんどん長くなった。RPGなんて今やプレイ時間100時間も珍しいものじゃなくなりましたね。そこでいわゆる「クエスト」を増やすだけでは、ただゲームが長くなりすぎ助長すぎるようになってきた。
なので、ストーリーライン(縦軸)とそれ以外のクエスト(横軸)のウェイトがだんだん縦軸から横軸にシフトしていったのかな…と感じています。www.nintendo.co.jp

しかしRPGって元々一本道のゲームを目指していたわけじゃないはずなんですよね。
「ロールプレイ」するわけで誰かになりきってゲームを進めていって「その世界の中で生きていくのを体感する」ゲームだと思ったんです。そうなるとプレイヤーによってプレイの感想や、思い入れや、通る場所がバラバラというのはもしかすると、とても豊かである意味すごいことなんだよなー、すごい時代になってんだよなあ…とゼノブレイドクロスをやりながら思うのでした。

まあ、もっと考えるとソーシャルゲームの「ガチャ」の仕組みも、プレイヤーの動線を変えてしまう一因になっているので、あれも新しいゲームの形なのかな?とちょこっと思ったりもするのでした。

しかし懐古臭い話で申し訳無い…